ゲリラ豪雨に遭遇(>_<)2008年08月29日 23時52分56秒

 今日はニュースで専ら取り上げられている「ゲリラ豪雨」にとうとう遭遇してしまった。
 今日は、未明は酷い雷雨だったのだが、通勤時間帯は運良く雨が上がっていたので、天に感謝しながらも、天気予報は傘マークが付いていたので、一応傘を持って出かけることにした。

   日中は日が差していたので、傘の持ってき損だったかなと思っていたが、帰宅時にとうとう遭遇してしまった。ゲリラ雷雨に・・・。(道草食わなければ会わなかったのだけど・・・。)

   傘を差してもずぶ濡れになるほどの豪雨だったため、急いで帰ることもないし、ちょうどマックが目の前にあったので、コーヒー飲みながら本でも読んでピークが過ぎるのを待つことにしたのだが・・・。
 ところが全然止む気配がない。
 当初30分もすれば止むだろうと楽観視していたのだが、見事に大外れ。結局マックに一時間半居座り、雨がピタっと止んだところで、今かとばかり店を飛び出した。しかし、2分も経たないうちに再び豪雨に見舞われた。

   止まない稲光と雷鳴に、ふと幼少の頃、祖母から「雷様が臍を取りに来る」と言っていたことを思い出した。元来臆病で気の小さかった僕は、最初にそれを聞いて恐れ戦き、その時は遊びを止めたものだが、あざけながらも優しく諭していることに、次第に気が付いていった記憶がある。
   あれから年を重ねたが、都会の雑踏の中にいても、やはり雷は恐い・・・。否、それよりも雷がもたらす大雨が恐い。
 
 都市部は特に、アスファルトとコンクリートで覆われている分、浸水しやすい。また、下水道などのインフラが完備され、排水処理がされていようとも、それはやがて川に注ぎ河川の氾濫となって、人々の暮らしを脅かす危険性を孕んでいる。

   今日は大雨の影響で、愛知で死者、行方不明者が出たという。今後も全国的に大雨に注意が必要とのことだ。
 お年寄りが逃げ送れて亡くなるのはもの凄く居た堪れない。自然の脅威にひれ伏すしかない自分が、人間がもどかしくもなる。
 しかし、これは今まで人間が行ってきたことへのツケを払われていることは紛れもない事実だ。

   「ゲリラ豪雨」は、温暖化ともヒートアイランドによる影響であるとも言われているが、専門家でも原因は特定できていない。しかし、温暖化の影響により、今まで以上に大気中に膨大な水蒸気が発生し、積乱雲を発達させる構造は、専門家でなくでもわかりきったことで、ほぼ間違いないと断言できるだろう。でなければ、台風の影響もないのに、季節の変わり目に発生する大気の不安定さと前線だけでは、この豪雨は説明がつかない。こういった水害(乾燥地帯では干ばつ)が多くなることを考えれば、それだけ地球温暖化の問題は、一刻の猶予も許さない状況であることはわかりきったことだろう。

 先月開催された洞爺湖サミットでは、新興国を含めた温室効果ガス主要排出国が、温室効果ガス削減に取り組む意向を示したが、具体的な達成目標を掲げたのは欧州と日本だけに止まった。
 新興国の言い分もわかるが、「自国だけで世界が回っているのではない!」と言いたくもなる一方で、日本も豊かな生活を享受してきたのだから仕方がないとも・・・。
 そもそも、こうなった原因は資本主義の経済システムにある。だからと言って、僕は共産主義者ではないし、一人の日本人として資本主義の恩恵を授かり、また今もその恩恵にどっぷり浸かっている。しかし、昨今の世界中で見られる悲惨な状況は全て資本主義にあると憂えている。
 何か新しい経済システムを模索しようとしても、専門家ではないので何も見つからないが、一つ言えることは、資源を食い扶持にする資本主義社会は、遅かれ早かれいずれは、小規模化、あるいは終焉を迎えるということである。ただし、リサイクル100%の技術革新の達成と社会構造の構築が実現すれば別の話しだが・・・。否、その状況であれば、格差を生み出す資本主義構造は自然となくなっているかもしれない。

   未だに雷鳴が轟いていて眠れそうもない。
 今日は「ゲリラ豪雨」から少しマクロな話しになってしまったが、それについてはまたの機会に綴ってみたい。



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