総裁選からたまには政治を考えてみた ~その2~2008年09月17日 00時20分31秒

 ■資本主義の暴走から身を守るには

   私個人の心境はどうでも良いことにして、我が実家の農業事情を無理やり引き合いに出したのは、現代の資本主義社会に蔓延るマネーゲームの危うさを鑑みてのことである。そこで、今回の米国の金融不安についておさらいしたいと思う。

   米国のサブプライムローン問題に端を発した不動産バブルの崩壊は、ついに証券業界第四位の資産額を誇るリーマン・ブラザーズを破綻に追い込み、さらに、第三位のメリルリンチまでもが買収される悲劇的な結末を迎えたことは報道されているとおりだ。そして、なおAIGの経営難も大きな懸念材料だ。
 不動産を商品として小口証券化し、投資家へ販売することでリスクの移転・分散を図って大きく膨れ上がる夢のような金融手法も、大きな落とし穴があったようだ。世界中から欲望と言う名の資金が流れ込んで膨れ上がった、自然の摂理からはみだしたことの顛末は、“崩壊”しかないだろう。そして、リーマン・ブラザーズを破綻は、対岸の火事では止まらず、世界中への飛火し、世界同時株安へと追い込んだ。
   私は、こういった金融危機や経済危機を体験する度に、資本主義の脆弱性を感じてしまうが、同時に新たなターゲットを絞り出し、危機をチャンスに変える資本主義の止まることを知らない圧倒的なパワーに魅力を感じてしまうことも確かだ。
 もはや私達は資本主義の魔力に取りつかれ、資本を投下する夢遊病から抜け出すことができないでいる。例え、その魅力に感じていまいが、マネーゲームに興じていまいが、その魔力から誰も逃れることはできない。
 そのことは、銀行に預けていた私たちのお金が、資金運用に回され、その運用に失敗でもすれば、たちまち資金繰り難に陥り、知らず知らずのうちに露と消え多大な損失を被る。そしてまた新たに資金獲得競争の繰り返しが横行する日々。そんな社会構造の一旦を私たちは担い、枠組みに組み込まれていることからも明らかだ。
 余談になるが、危機の面した際に、公的資金を投入して危機を回避させる国でさえ、多額の国債を発行し、そして年金資金などの公的資金で資産運用をしている現実からも、国が倒産するリスクが顕在化している。
 それでは今回の金融危機から逃げ出した多額の資本の次なるターゲットはどこになるのだろうか。

   ある経済専門家は、原油へ再び投機マネーが集中していると予測していたが果たしてどうだろうか?
 このところの原油先物相場は、世界的な需要の低下とドル安への嫌悪感と(原油取引はドル立てによるため)、そして今回の金融不安の状況から、下落の一途を辿っていたが、今後はOPECが生産量を据え置きしたことも相俟って、再び資金が原油市場へ流れることに市場は注目してようだ。
 原油の高騰は、ガソリンなどの燃料や輸送料、石油製品の値上げに止まらず、穀物のバイオ燃料への転用から、様々な食料品まで値上げが波及し、一般家庭の食卓までを圧迫しているが、ガソリンなどの燃料や輸送料、石油製品の値上げまでは仕方がないとしても、食料品まで値上げが波及している現実は、日本がいかに食料自給率が低いかを露呈してしまっている。

 ウォーラーステインの世界システム論ではないが、グローバル化は急速なIT化と通信技術の進歩によって世界の隅々まで敷衍し、とてつもない早さで情報が世界中を賭け巡るボーダーレスな社会を実現した。そのような今日では、素早い判断と決断力が求められ、あれこれと構えている余裕もないだろうが、ことに経済への影響を、日本のストロングポイントである、工業分野での最先端の技術力で太刀打ちすることができても、人間の根幹を成す農業が弱ければ、それも磐石ではない。せめて、EUのような、ヒト、モノ、サービスの自由な移動ができれば食料を諸外国に頼っても食料品の高騰などを抑えられるだろうが、極東の島国である日本にはそういった経済圏が存在しない。そう考えると、今後の農業政策によっていかに食料自給率を上げ、人間の最低限の生活を支え、止まることを知らない最大の内需品である農業という商品をいかに成長させるかが、重要になってくるわけである。

その3へつづく


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